Croy
SECRET STORY
Croy
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「なんなのだ、この野蛮な世界は……」
エンクラティアの片隅、名も無い酒場。固いパンを薄いスープに浸しながらクロイは呟く。
貨幣の信用度が低く、食料や燃料の物々交換が主流。貴金属にも反応が薄かったが、魔石を見せるとようやく飯を出してきた。
その魔石のエネルギーも、熱や光への原始的な変換がほとんどであり、精密機械を動作させている様子は無い。
いくつも世界を渡ってきたクロイだが、生活様式がここまで原始的な世界は初めてであった。
「お嬢ちゃん、金を使いたきゃ中央へ行きな。お貴族様なら喜ぶだろうよ」
「ふむ……なるほどのう。良いことを聞いた。感謝するぞ」
チップとしてクズ魔石をくれてやると、店主は嬉しそうに汚い歯を見せて笑う。
この文明レベルで数百年以上も、クラッドを生み出す『フィリア』の侵攻に耐えられるわけがない。
仮説の域を出ないが、この世界には『フィリア』が存在しない。少なくとも、人類の敵として機能していないようだ。
「馳走になったぞ。また来てやるのだ」
「へへっ……どうも、ご贔屓に」
『ゲート』起動。黒衣の中、手のひらほどの大きさに開いた次元の亀裂に腕をつっこむ。
屋台に支払った魔石をこっそり回収したクロイは、二度と立ち寄る事の無い辺境の村を後にした。